「俺、さ。実はお前のこと好きだったんだ」
そう、告白された25歳の同窓会。
再確認。
中学校を卒業して10年。
成人式後の同窓会で、5年後の成人式にもまた、と言う話になって実行された同窓会。
懐かしい面々との再会と、近況報告。
それらが一通り終わったあと、私は幼稚園から同じところに通っていた男子―というか既に男性に、捕まった。
彼は、それこそ幼稚園の頃から―私を目の敵のように苛めてきた。
スカート捲りは当たり前、虫を投げてきたり、物を隠したり―。
彼は私にとって、嫌悪すべき対象であって消して好意が持てるような人間ではない。
「だから?」
小学3年生の頃には少しずつ収まった苛めも、原因は私と仲のよかった女友達たちの非難によるもの。
だからか、学校から離れた場所では変わらず、彼は私を苛めてきた。
「だ、だから…もしよかったら俺と…」
しどろもどろにつっかえながらの言葉。
お互い手にはアルコール。
いい年になった大人なのだから、お酒を手にするのも酔っ払うのも法律違反ではないけれど。
「私、幼稚園の頃から貴方のこと大っ嫌いだったけど」
にっこり、と微笑んでこれ以上一緒に居られないとばかりに踵を返す。
冗談じゃない。
「ちょっ、日野?!」
「気安く触らないで」
グラスを持っていないほうの手で、手首を掴まれそうになったから振り払う。
グラスが空だからよかったものの、きっと中身が入っていたら―かけていたと思う。
私の言葉に固まる彼を一瞥し、遠くで成り行きを見守ってくれていた友人たちの輪に入る。
「ばっかだね、アイツ。自分があんなことしてて少しでも好かれてるとでも思ったのかしら」
「ほんっと男ってばかだよねぇ。第一、新鋭のヴァイオリニストに自分が釣り合うとでも思ってるのかしら」
ねー、と顔をあわせて笑う友人たちに思わず笑みを浮かべる。
それからは、その男のことなど頭の隅から放って、近況報告だったり恋バナだったり。
中学卒業と同時に疎遠になったけれど、それでもやはり当時仲がよかったからか―話は尽きなかった。
同窓会が終わる頃には、男のことなどすっかり忘れて久々に摂取したアルコールにほろ酔い気分。
「じゃあ、招待状頂戴ねー。スケジュール調整してみるからー」
「了解ー。また連絡するわ」
夏頃に結婚するという友人の結婚式では、許可を貰って何か1曲プレゼントしよう。
ベタに入場時に結婚行進曲を演奏してもいいし。
去年あった火原先輩の結婚式では、コンサートメンバーと加地くんの7人で入場から何から音楽は全て演奏したんだよねー。
皆多忙だから、合わせる練習が前々日を前日の2日間しか出来なかったのはちょっとハードだったけど。
「日野、あの、さ」
躊躇いがちにかけられる声。
すっかり忘れていた男の存在に、思わず顔に苦味が走る。
あの頃のいじめを、男の子特有の”好きな子だからちょっかいをかける”で済まされたくない。
幼心に、目の前の存在は常に恐怖の対象だった。
「…まだ、何か?」
「昔のことは、悪かった。好きな子だったからちょっかい出していたってのもあるんだけど―」
「香穂子」
後ろから、名前を呼ばれる。
低音の、よく響く声。
「暁彦さん!」
同窓会に参加すると告げてはいたし、会場も時間帯も全部教えてあった。
けれど、まさか。
「迎えに来てくださったんですか?」
くるり、と振り返りパタパタと走り近寄る。
そして、今日はめったにない完全オフだったためにスーツ姿ではなくラフな格好をしている暁彦さんの胸にダイブ。
「ああ、せっかくの休みなのに、家に1人は淋しくてね。ホラ、荷物を貸しなさい」
アルコールで少し暑くなったから、と手にかけていたコートとハンドバッグを取り上げられる。
それらを左で持ち、右腕をホラと差し出される。
それがとても嬉しくて、笑顔でその右腕を抱きしめる。
「えへへー」
「ご機嫌だな」
ニコニコ顔の私に、優しく微笑む暁彦さん。
同窓会が終わった後はまっすぐ帰るつもりだったけれど、こんなに早く遭えるなんて思わなかったからとても嬉しい。
「香穂子、じゃあまたね」
「うん、またねー」
ばいばい、と手を振り替えし、暁彦さんの腕につかまったまま暁彦さんの車に行くために歩みを進める。
視界の片隅で、呆然としている例の男子の姿が見えるけど、気にしない。
暁彦さんが助手席のドアを開けてくれたので、するり、と乗り込む。
暁彦さんの車に乗るのも、はじめは戸惑っていたけれど、流石に慣れた。
左ハンドルの車も、なかなか滅多にお目にかかることのない車も。
お父さんやお兄ちゃんなんか、暁彦さんが私を車で送ってくれたり迎えに来てくれたりするたびに目を輝かせてるもん。
「ねぇ、暁彦さん」
暁彦さんが運転席に座り、シートベルトを締めてエンジンをかけてから、声をかける。
車内のBGMはクラシック。しかも先日出たばかりの、王崎先輩の最新CD。
王崎先輩らしい、優しい音色が車内を満たす。
「どうした?」
「愛してます」
同窓会に行って、あの男と再会して、やっぱり私が好きなのは、愛しているのは今隣に居る人だ、と再確認出来た。
そのことだけは―感謝、かな。
「突然なにを…。私も勿論君を愛しているよ。―家に帰ったら、覚悟しなさい。思う存分、愛してあげよう」
チラリ、と視線を向けられて、妖艶に微笑む暁彦さんに、ボンッと顔が赤くなるのが分かった。
「あの男のことも聴きたいし、な?」
そういって、暁彦さんは視線を元に戻していたけれど。
口許が意地悪に上がっているのを見てしまった。
―今夜は眠らせてくれそうにありません。
END