「望美、ただいま…疲れた」

そう言ってヒノエくんは帰ってくるなり私を抱きしめ、すぅすぅと寝息を立て始めた

         寝顔

どれだけ忙しくても可能な限り家に帰ってきて私を抱きしめて眠るヒノエくんはここ数日、家に帰ってこなかった。
熊野の海を荒らす奴らが出て来てそれの討伐に寝る間も惜しんで当たっていたのだろう、眠っているヒノエくんの顔は疲れきり、クマができている。

「…お疲れ様、ヒノエくん」

眠っているヒノエくんの頬にキスをひとつ贈って、近くに控えているであろう私付きの女房さんに声をかける。

「桂さん、ごめんなさい。奥の間に寝床を用意してもらえます?」
「わかりましたわ。ついでに別当様を運ぶために男手も数名借りてまいりましょうか?」
「んー、大丈夫ですよ。その代わり、夕餉はいらないのでそれを厨に伝えてもらえますか?」

きっと、この様子じゃ明日の朝まで起きないだろうなぁ、と言うのが私の予想。
それにヒノエくんは私を離さないだろうから、そうなると私も自然と夕餉が抜きになっちゃう。
…ここ数日淋しかったのを思えば、それくらい我慢できるしね。

「では、夕餉のお時間にお2人の分のおにぎりを持ってまいりますわね」
「あ、お願いします」

耳元で会話してても、一向に起きる気配のないヒノエくんにホッと安堵する。
折角眠っているヒノエくんを起こすわけにはいかないもんね。
暫くすると、桂さんと他の女房さんが数名で寝床を用意してくれ、退室していく。
それらに感謝の言葉を述べると、障子が閉まり室内には私たちだけ。
周りから気配がいなくなったのを確認すると、私を抱きしめたままのヒノエくんはそのままに、よいしょ、という掛け声と共に立ち上がる。
源平の戦から、3年。ヒノエくんはお義父様ほどではないけれど、それでも将臣くん並に大きく、逞しくなった。戦が終わってから、鈍らない程度にしか鍛錬をしていない私には少々厳しいけれど頑張れば引きずって行ける。
よいしょ、よいしょ、と掛け声を出しながら何とか寝床までたどり着くと工夫して2人して寝転がる。

ヒノエくんの寝顔を見るなんて、久々だなぁ。
間近にあるヒノエくんの寝顔を見つめ、クスクスと笑う。
どれだけ疲れても、髭だけはきちんと剃ったみたい。もともと毛深くないのか、ヒノエくんはそんなに髭が生えないし体毛も薄い。
それでも、身嗜みを気にする性格だからかどんなに忙しくても―戦の真っ只中でもきちんと清潔にしていたな、と思い出す。
―もっともそれは、他の八葉も一緒だったけれど。

規則正しい寝息を立てているヒノエくんをきちんと横にして、着ている衣を寛げる。
流石に下は何もやらないけれど、腰帯を解き胸元を肌蹴させ寝やすいようにすると少し寝苦しかったのだろうか、表情が一層和らいだ。

「ヒノエくん、アイシテルよ」

眠って、何も聞こえていないだろうヒノエくんに囁いて、その寝顔にひとつキスを落とす。
―眠っているヒノエくんにだけに送る、私からの口付け。

だって、そうやってキスと愛の言葉を囁くと嬉しそうに微笑む寝顔が可愛いから。

これは、私だけの秘密の寝顔。