「…うそ」
「ふふふ、驚いたみたいだね?」
口から出た言葉は、たった2文字。
目を見開いて、ぽかんとしてて。久しぶりに逢うというのに、私はなんて間抜けな顔。1年2ヵ月強のヒノエくんは、背が伸びて、身体もあの頃よりガッチリとなっていた。…けれど、私を見詰めてくるその瞳はあの頃のまま。
「うそ、嘘よ…。だって、私の世界だよ? ヒノエくんの居る、世界じゃないんだよ?」
「そうみたいだね。久しぶりに白龍が目の前に現れたと思ったら『神子の望みだから』とだけ告げて、いきなり此処に飛ばされたんだ。…俺の姫君は、俺に逢いたいと思ってくれていたんだね?」
…時空の狭間で白龍は、私の昨夜(ゆうべ)の悲痛な叫びを聞いていたんだ。それで、私の願いを叶えてくれたんだ。私は白龍に心配をかけて、余計な力を使わせてしまったんだ。ヒノエくんをこちらに呼んで、服まできちんと変えて。
「逢いたかった。ずっと、ずっと後悔してた。ヒノエくんと離れているの、もうヤダよ…」
きっと、私今すごい泣きそうな顔をしていると思う。目頭が熱い。鼻がツーンとする。…だけれどそんなこと気にしていられない。目の前にいる人の温もりを感じたい。確かめたい。コレが夢じゃないことを。
両腕を広げ、ヒノエくんの胸に飛び込む。あの頃は背伸びをすれば同じ目線になった身長だけど、今は背伸びをしてもヒノエくんの顔と同じ高さにならない。会わなかった―会えなかった年月は、同い年だった男の子を、一人の男性に変えてしまったんだ。
「俺の贈った耳飾り、使ってくれてるんだ」
「私の、宝物だもの」
愛しそうに私の耳朶を飾る真珠のイヤリングを指で弄り、優しく私の髪を撫でてくれる。
…そうだ。私は、別れる前の、あの夜に散々ヒノエくんに頭を撫でてもらっていた。ヒノエくんに頭を撫でてもらうのがとっても好きで落ち着いて。此方の世界に戻ってくる直前まで頭を撫でてもらっていたっけ。
「あの、望美。そちらの方は…」
突然、男の人に抱きついた私を今まで黙って見ていた3人が、恐る恐る、といった感じで声をかけてきた。だけど、顔は赤くって。思わず、クスッと笑ってしまう。この人は相変わらず女の人を魅了させる。あの頃も、食料を調達したりするために立ち寄った町や村で散々女性に囲まれていたっけ。そして、私はそれに毎回ムッとしていて、朔がそんな私を宥めてくれてたな。
「姫君の友人かい?」
抱きついたままの私の髪を撫でたまま、ヒノエくんは3人に視線をやる。そして、確認するように私に視線を落とす。私が、ヒノエくんの問いに頷くとふぅん、と呟いて私の額に口付けて、体を離す。
私も、説明しなきゃいけないから、とそれに応じて。
「昨夜、言ってたヒノエくん…デス」
私が紹介すると、ヒノエくんは愛想よく芝居がかったお辞儀をする。けれど、私と始めに出会ったときとは違って手に口付ける、なんてことはしない。それは、落ち着いたからなのか、私が目の前にいるのか。後者ならば、とっても嬉しいんだけど。
「初めまして、姫君がいつも世話になってるね」
「は、初めまして…。望美から、話は聞いてます。」
「…望美、私たちのことはいいから2人で行動しなよ。鎌倉に帰ってもいいし、このままここで遊んでもいいし。…どうする?」
昨夜の悲痛な叫びがあったからか。3人が優しい眼差しで私たちを送り出そうとしてくれる、心優しい友達たち。
その言葉に、驚いて見つめるけど、3人は笑っているだけ。
「好きな人に、久しぶりに会えたんでしょう? 私たちはいいから、2人で過ごしなよ。ヒノエさん、望美のこと、よろしくお願いします」
まるで私の保護者のように振舞う、馨。…中学時代からの親友の馨には、色々と頼りっぱなしだった。美由には、勉強で色々お世話になった。理佳子には、料理を根気強く教えてもらった。
…白龍が私の願いを叶えてくれたから、ここに着てくれたヒノエくん。私は、もう後悔したくないからこのままヒノエくんの手を取ってアチラの世界に行きたい。白龍が、ヒノエくんがそれに応と頷いて私の願いを叶えてくれたら、3人とは永久の別れになるんだ…。
「3人とも、有難う。大好きよ」
ヒノエくんのそばから離れて。私は3人に抱きつく。突然、そんなことを言った私に笑いながらも、応えてくれて。
そして、私の背中を押してくれた。
「すまないね、望美は貰っていくよ」
「えぇ。望美、荷物はホテルから送っておいて正解だったね」
「今度、話聞かせてよ?」
「今度こそ、後悔しないでよ?」
3人の言葉に頷いて。私はヒノエくんの腕を取った。そして、3人に見送られながら私たちは数時間前に入ったばかりのゲートを潜った。
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