フリーズした譲くんは。


暫くしてから叫んだ。


アナタの居る世界、アナタが居ない世界 玖


「ちょっ、何でこっちにヒノエがいるんだ!?」
「えーと、其れを説明するからとりあえず、移動しない?」

部活をしている面々の下校時刻。
皆好奇の目で此方を見ているから、移動することを進める。それに、話す内容も内容だからね。こんな所で喋ったら、私たちの気が触れたと思われてしまう。

「…きっちり説明して貰うぞ?」
「ああ、勿論」

3人で高校の近くにある、ミスドに入る。高校から近いということもあり、其処にはたくさんの同じ制服を着た女の子たちが。うーん、お店の選択ミスかも、なんて思いながら開いている席を探し出し、何とか座った。

「先に取って来てください」
「いいの? 譲くんは何がいい?」

一番荷物の多い譲くんが荷物を見ていてくれるというからその言葉に甘え、私がドーナツや飲み物を買いに行くことにする。ヒノエくんは、何がいいかどころか始めてみるものだろうから、一緒に品定め。

「コーヒーと…何か適当に2・3個選んでください」
「うん、わかった。じゃあヒノエくん、行こう」

お財布を出して、ヒノエくんと連れ立ってドーナツを選ぶ。
譲くんには、無難なオールドファッションにフランクパイ。ヒノエくんは、じーっと品定めをしてエビグラタンパイを、私はフロッキーシューのブルーベリーを選んだ。
レジでお金を払い、飲み物から何から全てがトレイ2つに乗ると、ヒノエくんはサッと飲み物の乗った重い方のトレイを持ってくれた。

「…ありがと、ヒノエくん」
「どういたしまして」

座席に戻ると、譲くんがすぐに口を開いた。

「で、どうしてヒノエが此処にいるんだ?」

コーヒーを飲みながら、譲くんは眼光鋭く聞いてくる。私も、自分のスープを持つ。ちなみにヒノエくんは、紅茶のストレート。あちらの世界にはまだないけれど、きっと一番飲みやすいから、ということでのチョイス。

「どうして、と言われてもね。俺自身は熊野の本宮で春の祭事の打ち合わせをしている最中だったんだけど。…白龍が望美が望んでいるからと言って、此方に連れてこられたんだ」
「私がね、昨日の夜馨たちと話してた―というより、言わされた感のほうが強いんだけど。ヒノエくんに貰った耳飾り、あったでしょう? それをつけて行ったのね、そしたら送り主は誰だー、ってことになって…その、ヒノエくんの話になってですね? 思わず心の底からヒノエくんに逢いたい、と願ったのが白龍の元まで届いたみたいで…」
「…わかりました、もう言わなくても平気です。つまり、先輩の望みを白龍が叶えた―そういうこと、ですよね?」

譲くんがカップを置いて、眼鏡のフレームをあげる。ああ、呆れられちゃったかなぁ。散々ヒノエくんの夢を見ただの、ヒノエくんが恋しいだので散々譲くんの手を煩わせてしまっていた自覚はあるんだよ。だけど、私が願ったからって、ヒノエくんが来るなんてこれっぽっちも思っていなかったんだもの…!
呆れられる、と思ったのに譲くんが私に向ける視線はとても優しくて。ホッとしてしまう。

「それで、2人で俺に会いに来たと言うことは―あっちに、行くんですね?」

それは、確認でしかなくて。全てを譲くん一人に任せてしまうことに罪悪感が残るけれど―。私は、たった一人の人を選んでしまったんだ。
こっちに戻ってきてから、何度譲くんを好きになっていればどんなに楽だったかと思ったことがある。けれど、それは譲くんに対して失礼だし、そんなことを思う自分も許せなかった。
今、どんな形であろうと、こうして再び出逢えたことに私は運命に―白龍にただ感謝するだけ。

「ああ、望美は連れて行くよ」
「…絶対に、先輩を幸せにしろよ。もし、泣かせてみろ―白龍に何が何でもそっちに連れて行ってもらうからな」

テーブルを挟んでいるのに、譲くんがヒノエくんにパンチする要領で腕を伸ばすと、ヒノエくんがそれを手で受けて『ああ、勿論だ』と返事をした。2人は、コレだけでもう充分みたいで。何事もなかったかのように、トレーにあるドーナツを食べ始めた。
男の子って、やっぱりわからないなぁなんて思いながら、私も自分のドーナツを頬張る。この世界で、最後に食べるものがドーナツか、なんて思いながらしっかりじっくり味わう。アチラの世界にはまだ生クリームも何もないからこんな甘いものはそう簡単に食べられないかもしれないけど。
ドーナツを食べてる間、譲くんは九郎さんや先生など、皆のことを聞いていた。
そういえば、私も聞いてなかったや、と思ってその会話に耳を傾ける。九郎さんは此方の歴史とは違い、頼朝に討たれることなく京を守護しているという。弁慶さんも、相変わらず九郎さんと一緒らしい。
景時さんは、今は朔とは離れて暮らしていて、単身鎌倉に帰っているんだとこの前文が届いたそう。先生は鞍馬山を相変わらず生活の拠点にしてるみたい。―敦盛さんも、今はそこで生活してるんだそう。秋に2人連れ立って熊野に来たときに聞いたんだって。だけど、将臣くんの居場所だけは、どうしても把握できないとか。いくら優秀な熊野の烏でも、将臣くんの居場所はそう簡単に見つけられなかったらしい。

「そうか―。先輩、もし兄さんに会ったら一発殴っといてくださいね。そのくらいの権利、俺にはあるでしょうし」
「そうだね、こっちに帰ってきてから将臣くんが帰ってこない理由を話すのに苦労したもんね…」

帰ってきたときのことを、思い出す。菫おばあちゃんからある程度話を聞いていた有川家はまだよかった。けれど、学校がそれはもう大変で―。
突如消えた、校内でも割と有名だったらしい将臣くんがいきなり退学した理由を知りたい人間が、私と譲くんに一気に殺到してきて。入念に打ち合わせをしていなければ、私たちは―というか私は絶対にボロを出したと思う。
家は家で、執拗なまでにお姉ちゃんに将臣くん失踪の理由を聞かれたっけ。学校よりも何より、一番の強敵は我が家の人間だった…。

「1発どころか、10発ぐらい殴っとくよ」
「よろしくお願いします。で、何時あっちに行くんですか? 見送りくらいしてもいいですよね?」

譲くんの言葉に、思わずヒノエくんと顔を見合わせる。だって、譲くんと別れてからこっそりと時空を越えるつもりだったから。それに必要以上に譲くんに迷惑をかけたくなかったし―。

「これで最後になるんですから見送りぐらい、させてください」
「…うん、有難う」

譲くんがドーナツを食べ終わるのを待って、私たちはお店を出て近くにある公園へと向かった。
既に暗くなっていて、小さな公園には子供の姿なんてひとつもない。下校時刻を当に過ぎたから、学校が近いとはいえ生徒の姿も見えない。ここら辺に住んでいる人たちも、家で夕食を作っていたりしているんだろう、人通りも、まったくと言っていいほどなくて―。

「譲くん、たくさん迷惑をかけちゃうけど―ごめんね」
「気にしないでください。こっちに帰ってきてからの貴女の塞ぎ様は見ていられませんでしたから―。ヒノエと、幸せになってください」
「…有難う。譲くんも、幸せになってね?」

譲くんの手を握って、彼の幸せを願う。
一人―たった一人、この世界に置いていってしまうことに―全てを彼一人に押し付けることへの罪悪感で胸が痛くなる。けれど、だからと言ってその痛みに負けてこの世界に留まることは一生後悔してしまうことが目に見えていて―。
せいぜい、感謝することしか出来ない自分が、不甲斐無い。

「―ええ、勿論ですよ。だから、気にしないでください。―貴女が幸せになってくれれば俺はそれで十分ですから」
「有難う、譲くん…大好きだったよ」

最後に―一生この先、会うことはないから。譲くんに一瞬だけ抱きついて、離れる。
今生の別れなんだから、ヒノエくんに文句は言わせない。

「―俺も、好きですよ。ヒノエ、先輩をよろしく頼む」
「ああ、色々とすまないな」

ヒノエくんと譲くんが短く言葉を交わし、2人して私を見やる。そして、私は―白龍の逆鱗を握って、強く強く、願う。
”ヒノエくんの世界に生きたい、ヒノエくんと一緒に生きたいー”

リィン…リィン…
『神子―。久しぶりだね』

鈴の音とともに聞こえた、懐かしい―聲(こえ)。
清盛を倒し、黒龍の逆鱗を破壊したことによって本来の姿に戻った私の龍。

「白龍…ううん、応龍だったね。久しぶり―」
『応龍でも、白龍でも神子が呼びたいほうでいいよ。それより、神子が元気そうでよかった。最近、ずっと神子の気が塞いでいたから心配だったんだ。―ヒノエを其方に遣ったのは、正解だったんだね』
「うん。有難う、白龍―。それでね、私とヒノエくんを―そっちの世界に連れて行って欲しいの」
『それが、神子の望み?』
「―うん、私はヒノエくんと一緒に生きていきたい」

リィン…リィン…
鳴り続ける、鈴の音。それに重なる、白龍の聲。
姿は、見えない。けれど記憶に残っている―小さかった時の姿も、大きくなった姿も。
いつも、いつも私を大切に―愛してくれた、私だけの龍。
恋愛感情で、一生を共にしたいと思ったのはヒノエくんだったけれど、家族へと―譲くんへの想いと同じくらい好きな龍。

『わかった―。貴方たちを送るよ』

きっと、今彼の者は微笑んでいるだろう。

「譲くん…じゃあ、ね」
「お元気で…」

最後、譲くんに声をかけて隣に立つ、ヒノエくんを見上げる。ヒノエくんは、にっこりと微笑んで私の手を、ギュッと握ってくれた。
1度目は、将臣くんと譲くん。2度目と3度目は、私一人で。4度目は、譲くんと2人。そして、きっと最後になるであろう、時空を
渡るという行為。今回は―愛しい人と。

強く強く手を握って。
泣きそうな顔の譲くんに、笑顔を向けて私たちは、時空を超えた。

ヒノエが全然喋ってない…orz

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